2016年(平成28年)1月10日

介護福祉士とは

 2015年(平成27年)3月2日の福祉新聞編集部のWeb記事によると、厚生労働社会保障審議会福祉部会福祉人材確保専門委員会が、同2月25日に、介護人材を確保するための、①参入促進、②処遇改善、③資質向上、の具体策などを報告書にまとめ、その中で、15年度から3年程度、介護人材全体の在り方を改めて検討するとして、「具体的には介護福祉士の定義・役割の見直し、養成カリキュラムや国家試験の出題内容の改正を想定する。」としたとのことです。
 そこで、介護福祉士の定義・役割の見直しに関して、私見を述べておきたいと思います。
 わたしは、介護福祉士の定義・役割を次のように捉えています。
 『介護福祉士とは、介護福祉サービス利用権利者の個別の夢と実情に応じ、介護福祉実践を通して、その一人ひとりが自らの人生を大切にし、生き方の自由度と可能性を豊かに高めていくために役立つことのできる介護福祉専門職である。
 そのために、介護福祉士とは、介護福祉サービス利用権利者の個別の祈りと生き方に応じて、その一人ひとりへの肯定的理解と本人主体に徹し、本人の生き方に関する本意に沿い、日常的な生活にこころ豊かな温もりをもってかかわる介護福祉実践者である。
 それゆえに、介護福祉士とは、介護福祉サービス利用権利者の人生とともに在って、その一人ひとりが人間としての尊厳を保持し、幸福に暮らしていくことができる支援者としてふさわしい真の理解者になろうと最善を尽くし続けていく、人間的かつ専門的な能力を身につけた肯定的理解者である。』




2018年(平成30年)5月17日

介護福祉士とは

 介護福祉士は、社会福祉の増進に寄与するために、ご本人にとっての「わたしらしい良さを生かすことの出来る生き方」とのかかわりを通して、ご本人が人生の可能性を豊かに見いだし、その掛け替えのない人生における 生きる意味合いを尊び 高めるために、ご本人の本意に基づき その都度の意向に沿い、 その一人ひとりの肯定的理解者として役立つことのできる介護福祉の専門職です。

 介護福祉士は、1987年(昭和62年)に制定された「社会福祉士及び介護福祉士法」に基づく国家資格で、平成と共に原則として年1回の国家試験を重ね、2018年(平成30年)1月(筆記)には30回目の国家試験(筆記)が実施されました。その27回目から筆記試験問題の語句表記について注目すべき変更がなされたのです。それまで26年間使われ続けてきた専門職としての表記名「介護職」が「介護福祉職」へと統一的に変更されたのです。

 成清美治は、「ケアワーク論 ―介護保険制度との関連性のなかで―」学文社,1999,p.5において、「・・・前略・・・介護福祉士の「福祉」の語意が明確でないため各実践場面(保健・医療・福祉)に於いて、一定の評価が定まらないのが現状である。今日では、同資格に対して介護福祉職でなく、むしろ介護職として認識がなされつつある。この事由として・・・中略・・・④必修科目であり、介護福祉の概念規定に多大な影響を及ぼす『介護概論』(この科目名自体『介護福祉概論』でなく『介護概論』となっている)の担当者は、養成開始当初、看護系の教員が担当することが多く、ややもすると福祉の視点ではなく、看護の視点から介護を論じたこと。その上、講義内容は、(「介護の概念、職業倫理、看護及び地域保健等他分野の調整並びに介護技術の基礎知識について教授すること」)―社会福祉士及び介護福祉士学校職業訓練校等養成施設指定規則―厚生省令第50号」となっており,介護と福祉或いは介護における福祉、または介護との関係での「福祉」を教授する規定は存在しない。このような要因が介護福祉そのものを混沌とさせてきた所以である。ここまで、介護福祉士の名称にもかかわらず介護福祉職ではなく介護職として処遇されてきた要因について論じてきたが、・・・後略・・・」と、既に20年ほど前から指摘していました。

 さらに、成清は、前掲「ケアワーク論」p.158において、「そこで「・・・前略・・・「介護」と「介護福祉」の語意の相違について述べる。前者は生活機能の障害のための日常生活に支障をきたしている要支援・要介護者に対する援助―徘徊・失禁・褥そう・移動・着脱衣・健康の留意等―をいう。これに対して後者は社会福祉固有の視点(生活者と生活環境)を注いだ介護の援助を展開するのである。当然そこには相談・援助、社会資源の活用が含まれるのである。尚、介護福祉は介護福祉実践、介護福祉政策、介護福祉哲学に分類することができる。このことを前提に介護福祉の原則は、対人福祉サービスを基盤とするきわめて人間的介護福祉サービスであるといえる。」と、述べています。

 なお、関家新助は、「社会福祉の哲学 ― 人権思想を中心に ―」中央法規,2011,p.134 において、1987年(昭和62年)に制定された「社会福祉士及び介護福祉士法」に基づいて介護福祉士の養成が開始された当初、「社会福祉士介護福祉士養成施設指定規則」によって、「その教員要件は、学生定数四〇名に対し、専任教員三名以上、うち二名は、看護婦の資格を有し、五年以上の実務経験を有する者となっていた。」と、振り返っています。

 また、関家は、前掲「社会福祉の哲学」pp.134-135 において、「この未知なる介護分野のリーダーたちは,法律に基づき,その多くが,旧厚生省・介護福祉士専門官を中心に,看護の出身者で占められていた。また,この法律に基づいて,当然のことながら,介護福祉士養成機関(大学・短期大学・専門学校)には多くの看護出身の教員が登場することになった。彼女たちの介護理念に関する拠り所の中心は,少なからず,看護教育で学んできたナイチンゲールの看護理念を踏襲しているといっても不自然ではない。・・・中略・・・従って,ナイチンゲールの『看護覚え書』に述べられている看護の基本理念の多くは,具体的な項目(食事・排泄・入浴等)において,今日の介護の分野に即戦力として広く適用することが可能であった。しかし,介護福祉の現状は,技術的な側面を中心に研究・開発が行われてきた。その反面,「人間の尊厳」にとってもっとも重要な,それらの技術を支える理念的・哲学的側面の研究は,いまなお不十分であるといわざるをえない。それは,社会福祉の全分野に通じることでもある。」と、指摘しています。






2012年11月13日 (火)  介護福祉士になるために学ぼうとするあなたへ その1


 介護福祉士は、介護福祉実践を通じて、介護福祉サービスを利用する権利をも有する一人ひとりにとっての、より良い生き方を理解しその意に沿って共に実現していく専門職です。


 あなたが目指そうとしている道は、こころして介護にたずさわり続けることによって、生涯人間らしく成長していくことのできる道でもあります。


 学びへの道筋は、もとより、掛け替えのないあなたの人生と共にあります。


 自らの人生を大切にし、より良く豊かにしていきましょう!


2012年11月13日 (火)  介護福祉士になるために学ぼうとするあなたへ その2


  介護福祉士は、ご本人にとって、「より良い生き方を実現するために、掛け替えのないその人生の在り方を、ご本人の意に沿って支援していく」専門職です。  


 その存在意義において、介護福祉士とは、他の専門職の補助としてではなく、「ご本人の生き方の支援にかかわる人間として、共に生きていくことへの許しを、ご本人から常に得ようとし続けていくべき」専門職です。  


  それ故に、介護福祉士とは、「ご本人の掛け替えのない人生と共にある人間としてふさわしい真の理解者となれるよう、常にご本人から学び研鑽し続けていくべき」専門職です。

 そのためには、「ご本人のこころの声とその掛け替えのない意味合いをこころで聴くことができ、その尊さを真に理解できる、『こころの清らかさ』」が、求められます。


2012年11月13日 (火) 介護福祉士になるために学ぼうとするあなたへ その3


 介護福祉サービスの有権者として、ご本人がその権利を思いのままに行使し得るように支援する介護福祉実践は、何一つ省略されず、すべてがつながり一体をなしている実際とのかかわりです。


 それには、ご本人にしかわからないつながりとしての主観的なつながりもあります。


 部分が一体を成しつつ、同時に全体も部分を成すそれらは、生成し続けられ一体性が維持されつつも生涯において変化し続け、やがて未来の新たな一体に向けた生成の部分と全体にかかわる有り様として変幻自在です。


 唯一掛け替えのないご本人とご本人にかかわる全体像を、全人間的に理解し、その支援の在り方の全体像をも一体的にとらえる必要があります。


 それにもかかわらず、「とらえ得ることの前提条件と概念は微妙であり省略が歴然としてあるため、それをすべてとらえてもそもそも実像にはなり得ないのだ」ということを畏敬の念をもち肝に銘じて自覚しておく必要があります。


 そのことをわきまえた上で、実際のかかわりを前提にしつつ、真の理解への手掛かりとして得られる事柄を、ご本人ならではの人生と生き方にかかわる全体像を織り成している構成要素の窓から、全方位的に整理立てて理解しようとしていくのです。


 ご本人にとっての、真の意味と真の求めを、ご本人にとっての真意である人生の意味と一体を成すつながりにおいて理解しようとすることにより、実像に根拠をもって近づいていくことのできる介護福祉実践の専門職たるかかわりの在り方と、それに基づいた支援の在り方を、修得していくことが肝要です。


 そのためには、ご本人にとっての「真の理解者」として、ご本人から常に試されつつも「ご本人がこころから自らの人生と共にあることを認め受け入れて下さること」に値する人間としての在り方を、涵養していくことが必要です。


2012年11月13日 (火) 介護福祉士になるために学ぼうとするあなたへ その4


 介護福祉士は、一人ひとりのご本人が介護福祉サービスを利用して、より良い自ららしい生き方を実現していこうとする、その生き方において、共にある専門職です。  


 介護福祉士の専門性の基軸は、介護福祉実践を通した真の理解者としてのかかわり合いです。  


 介護福祉士の専門性の基軸は、ケアマネジメントの過程のように、サービスの計画作成者であったり、サービスの連絡・調整者として、その進捗状況をたずね、モニタリングし捉えていこうとする向きにあるのではありません。  


 介護福祉実践は、正にご本人と共にあって直にご本人の生き方とかかわるなかで、「そのかかわりのあり方がご本人の真意に沿っているか」、「それがご本人にとって本当に有効な支援であり得ているか」を、ご本人にとっての真の理解者にふさわしい支援者として、常に省察し続けるものです。


 それは、根拠をもって客観的に価値判断し、そのあり方と意味合いを、ご本人と共に生きる者として、ご本人から正していただいていくべき真の共生者としての道のりなのです。


2012年11月13日 (火) 介護福祉士になるために学ぼうとするあなたへ その5


 介護福祉士は、介護福祉サービス有権者の生き方と共にある者として、ご本人の掛け替えのない変幻自在で深遠な真意の理解に努め続けるべき専門職です。


 介護福祉士は、介護福祉サービス有権者の本意に沿ってご本人のこころと自発的に常に調和しようとし、新鮮な空気のように一体であるべき存在です。


 例えば、オーケストラでは、スコアに沿って演奏し得る能力を備えた各楽器奏者がパートごとに配置されて生演奏します。


  人間が生きているように、その生きている人間が実際に奏でる音楽も、その響きと余韻に、いのちを宿します。


 それは、たましいの表現であり、神から授かった知性と感性が一体となった人間的な表現です。


 作曲者がスコアに込めた音楽的な精神を手掛かりとし得る指揮者は、その根源的な精神を、いま、この時に生きている人間として真新しくオーケストラに提供することができます。


 時空間を同じくして生きている楽団員の一人ひとりが、その いのちの体験的な表現として自発的に こころで調和しようとすることができたならば、オーケストラが一つの楽器のように一体となって楽曲全体が表現されていくのです。


 その演奏を聴く人間の こころと感応し合いながら、それは、たましいの体験として新たな体験への土壌となる思い出になっていきます。


 介護福祉サービス有権者の一人ひとりにも、その掛け替えのない人生において一体を成す、その人ならではの精神があります。


 介護福祉実践においては、一人ひとりのご本人のこころと調和しようとし、ご本人と共にある者として、いま、この時にあって常に真新しくあり、ご本人にとっての人生の在り方と一体となっていくことが求められます。


 そのためには、介護福祉士という専門職としての倫理と介護福祉実践にふさわしい人間であり続けようとすることのできる哲学を心得、肝に銘じておくことが必要です。


 介護福祉学は、そこにおいてこそ精神を有した実践の科学として人間らしく発展し得るのです。


2013年2月10日 (日) 介護福祉士になるために学ぼうとするあなたへ その6

 介護福祉士は、『こころのまなざし』を求められる専門職です。


  一つひとつのかかわり方は、こころの有り様(よう)を映し出しています。


 ご本人は、それを自らとのかかわりからのみではなく、むしろ客観的に端(はた)からとらえている時も多いのです。


 同じサービスを幾人もの人が同じ服装と言動でおこなったとしても、一人ひとりのその身だしなみに込められたこころのまなざしと、表情に込められたこころのまなざし、そして、声に込められたこころのまなざし、さらに所作に込められたこころのまなざしは一人ひとりなりのものがあり、同じではありません。


 ご本人にとって、安心できる心地良いかかわりとはどのようなものでしょうか。


 そのようなかかわりをなせる人には、大いに人間としての魅力を感じ、あこがれを抱き、惹(ひ)きつけられる思いを抱くことでしょう。


 それは、まさに、その時に、そこでしかない、いとおしい実体験です。


 それは、限られた人生にあって、こころにとどめておきたい大切な良き思い出となっていくことでしょう。


 こころのまなざしは、こころの清らかさの投影です。


 本当のこころの清らかさは、溢(あふ)れんばかりに豊かな知性と感性が一体となった、まさに本来あるべき人間そのものの有り様(よう)なのです。